衒学屋さんのブログ

-Mr. Gengakuya's Web Log-

「和を醸すお神酒」――資源活用事業#02

植戸万典(うえと かずのり)です。皆さまは自粛暮らし順調ですか? こちらはなんとか生活してます。
今の世界で大変じゃない人はいないはず。各々くれぐれもお疲れの出ませんよう、こうした場が少しでも気の休まるところになれば良いな、と思います。

資源活用事業の第2回です。継続は力なり。学生の頃よく言われました。
前回がお酒の話題でしたので、それに続ける形で今回はお神酒がテーマのものを。天皇陛下のお代替わり直後に発行された神社の広報誌『まほろば』に寄せましたエッセイ「和を醸すお神酒」です。
全国の神社で配布されている広報誌『まほろば』は、これも『神社新報』発行元の新聞社で販売されています。本稿の掲載号はちょうどご即位関係の特別号でしたので、内容もそれに合わせています。

essay「和を醸(かも)すお神酒(みき)

 郷里の町には、幕末からの造り酒屋の家があった。残念ながらそこはもう畳(たた)まれて久しいが、幼心(おさなごころ)に、当時は自分の町に旧(ふる)い酒蔵のある風景がどこか誇らしかった。今も、同郷の地酒が東京の百貨店に並ぶのを見るのは嬉(うれ)しいし、身贔屓(みびいき)してしまう。
 見慣れた酒屋の軒先にさがった緑の丸い"あれ"を杉玉(すぎだま)とか酒林(さかばやし)とか呼ぶと知ったのは、ずいぶん後になってからのことだ。杉玉は、その酒蔵が新酒をしぼったサインなのだという。同時に、それをさげることができるまで日本酒の醸造にはたいへんな工程が多いとも聞き、以来、杉玉を見ると、今年も無事に酒を醸(かも)せた杜氏(とうじ)らの歓(よろこ)びに思いを馳せ、清新とした新酒の爽(さわ)やかな味を想像するようになった。おおむね想像だけでは終わらず、飲み求めることにもなるのだが。
 酒は神社ともわかちがたい。多くの酒蔵では今も松尾(まつのお)のお神札(ふだ)が祀(まつ)られるし、基本は戒律である寺院と異なって、神前には奉納された酒樽の山もよく見かける。そしてなにより、お供えのなかでもとりわけ重要な捧げ物でもある。米の次に位置づけられて、祭典の後には皆で拝戴(はいたい)。昇殿参拝(しょうでんさんぱい)後に巫女さんから注(つ)がれたおさがりを頂戴すると、それまでの厳粛な心持ちも鼻を抜ける馥郁(ふくいく)とした香りとともにふっとやわらいで、その日にお参り出来たご縁が一層噛(か)みしめられるのだ。
 祭礼のにぎわいにも酒は欠かせない。年に一度、祭神のもとに集(つど)ったその地の氏子らは、神輿(みこし)を担ぎ山車(だし)を曳(ひ)き、あるいは祭囃子(まつりばやし)と夜空を彩(いろど)る花火に浮かれ、そして酔いとともに打ち解(と)け合う。法に触れたり自制心まで欠いたりするような飲み方はもちろんご法度だが、気心の知れた相手と蛇の目猪口(じゃのめちょこ)を傾け合えば、一杯一杯また一杯と、杯の進むごとに笑みも増そう。
 古く人は、神のみめぐみを賜(たまわ)って秋に豊かな稔(みの)りを得て、その稔りを人の持つ技術の粋(すい)をもって醸し、これを神に捧げて日々の喜びを感謝してきた。そしてまたその酒を皆でいただき、仲を深める。酒は、神がもたらしてくれる豊穣と、人が営々と築いてきた繁栄のあかしでもあるのだろう。
 だからか酒は、人々のハレの飲み物であり続けた。この秋、大嘗祭(だいじょうさい)天皇陛下がみずから神々に捧げられ、その直会(なおらい)である大饗(だいきょう)では参列者に振る舞われる白酒(しろき)黒酒(くろき)も、新しい陛下と、その国民である我々との絆をさらに確かなものとしてくれるはずだ。そこでは、そのみめぐみを与えたもうた神とのご縁もより深まるに違いない。
 今も日本全国、その土地その酒蔵の自慢の酒が、神前に捧げられ、参拝する人々に振る舞われていることだろう。酒は神と人、人と人との和を醸す。まさに天の美禄(びろく)だ。

※『まほろば』第57号(令和元年7月1日発行)より

誤字脱字が無いと良いのですが……。

「和を醸すお神酒」のオーディオコメンタリーめいたもの

ちょっと小洒落た居酒屋的なお店に、たまに杉玉をみかけることがあります。あれは、店の裏とかで新酒を搾っているのでしょうか。

我が郷里の愛知は特に酒所として知られているイメージを地元民としては持っていませんでしたが、思い返すと色々あるようで。醸し人九平次は全国区になりましたし、個人的には蓬莱泉とか國盛などは馴染み深い銘柄です。きっと、有名じゃないけど地元の人たちに愛されているお酒というのは各地にたくさんあるのでしょう。

ちなみに『まほろば』は年イチ発行で、例年であれば1年近くかけて売れていくそうですが、このエッセイの掲載された号の同誌は4か月くらいで完売とのことで、ご即位の効果というのは凄いなぁと思った次第でした。

エッセイ本文では触れませんでしたが、「和醸良酒」という言葉があるとかないとか。大元の出典とかはわかりませんが、その精神が世界中でお酒の愛されてきた原点なのではないかな、と思うのです。

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